07:00 現在曇 水深未確認
父を送り出すセレモニーはやっと中盤にさしかかった。相変わらず煩雑でまだ幾分
混乱もあるが、雑務の中に遠方より来てくれた親族の食事や宿泊を手配するのは案外
大変な事である。
混乱もあるが、雑務の中に遠方より来てくれた親族の食事や宿泊を手配するのは案外
大変な事である。
管理人の親族は最北でも埼玉で、ずいぶん少なくなったがそれより南に熊本まで点在
している。そのせいかこの手のセレモニーに参列したことはあるものの具体的な段取り
にたずさわるというのは還暦近くになって初体験となった。
している。そのせいかこの手のセレモニーに参列したことはあるものの具体的な段取り
にたずさわるというのは還暦近くになって初体験となった。
それでも今回葬儀屋さんに任せれば煩雑さは相当になくなると思うが、今回一番苦慮したのが
日程であった。なにせ危篤に呼び出された2時間後には病院を追われるようにでなくてはいけない。また夜間であるため葬儀屋さん以外への連絡は朝まで待たなくてはならない。
日程であった。なにせ危篤に呼び出された2時間後には病院を追われるようにでなくてはいけない。また夜間であるため葬儀屋さん以外への連絡は朝まで待たなくてはならない。
そして最初に主斎場(父の宗旨は天国に行く洋式タイプ)と日程の確認をしなくてはその後の
連絡のしようがない。当初本日の友引(火葬場が休み)があったので、木、金最悪 土、日
と考えたが諸事情で日、月となり実質全体像が決まったのが昨晩のことである。
連絡のしようがない。当初本日の友引(火葬場が休み)があったので、木、金最悪 土、日
と考えたが諸事情で日、月となり実質全体像が決まったのが昨晩のことである。
ただし親族には亡くなった事は伝えると、それぞれの思惑でいざ鎌倉!なんて
ふうになり、それぞれから問い合わせが来る度に混乱は深くなったものである、
ふうになり、それぞれから問い合わせが来る度に混乱は深くなったものである、
先に言ったがこれが仏式で通常の斎場を利用すればおおよその段取りはパターン化され
マニアルに沿ってやればだいたいOKであると思うが、おそらく共通でお年寄りを送る場合
参考になるかと思う部分を少し書いておくことにする。
マニアルに沿ってやればだいたいOKであると思うが、おそらく共通でお年寄りを送る場合
参考になるかと思う部分を少し書いておくことにする。
まず役所に死亡届を出した瞬間、当人名義の口座は自動的にロックされると言う事、そして
もしその口座の出金をするためにはおそらく法定代理人の申請をしなくてはならないと思う。
もしその口座の出金をするためにはおそらく法定代理人の申請をしなくてはならないと思う。
その際(これも多分)当人及び個人の戸籍謄本が必要になるので管理人のように戸籍が
遠方の場合は時間を要することになる。(遠方に請求するためには役所のHPを参照すると
書式、手順など明記してあるはずです。)
遠方の場合は時間を要することになる。(遠方に請求するためには役所のHPを参照すると
書式、手順など明記してあるはずです。)
今回管理人の手元には諸事情により戸籍謄本がありラッキーだったのであるが、実は
よく葬儀の中で本人の略歴の紹介が有り、管理人もやけに簡単だなーって感想は
数回持ったことがある。それもそのはず、何割かの日本人は父と母のなれそめや結婚記念日
、はたまた出生地(県、道、市)を正確に知っている人は案外少なく、また職歴に関しても
物心つく以前の事は案外知らないはずだ。
よく葬儀の中で本人の略歴の紹介が有り、管理人もやけに簡単だなーって感想は
数回持ったことがある。それもそのはず、何割かの日本人は父と母のなれそめや結婚記念日
、はたまた出生地(県、道、市)を正確に知っている人は案外少なく、また職歴に関しても
物心つく以前の事は案外知らないはずだ。
戸籍謄本には父母の出生地、届け出人、日、婚姻の日、届け出の日などが記載されており
相当に役立つ。戸籍が遠方にある人はあらかじめ取得していたほうが良いかと思う。
相当に役立つ。戸籍が遠方にある人はあらかじめ取得していたほうが良いかと思う。
一月ほど前、管理人はかねて気になっていた熊本の家(旧宅 江戸時代建設 S50年頃台風で倒壊)の図面を書いておくように依頼していた。そのことを思い出すもなく今回の煩雑さの
なかに突入したが、遺品の中にフリーハンドの図面を発見した。
なかに突入したが、遺品の中にフリーハンドの図面を発見した。
その図面フリーハンドとは言え平行線はあくまでも平行に、垂線はやや左に傾いているものの
全て同角度を保った見事なもので、幼なかった管理人の記憶を鮮明に呼び出してくれるもの
であった。さすが昭和の建築士と驚愕したがあの状態でこの絵とは我が父ながら恐れ入った。
全て同角度を保った見事なもので、幼なかった管理人の記憶を鮮明に呼び出してくれるもの
であった。さすが昭和の建築士と驚愕したがあの状態でこの絵とは我が父ながら恐れ入った。
簡略ながら立面図もあったので当時の写真を探し、一段落した後にCG化したいと考えている。
湯殿、厠は別棟であるが平屋の100坪 田舎の坪は約4屬任△襪里覗蠹砲任い、資料なども
揃えたいと思うがよからぬ道にはまりそうな気もしている。
湯殿、厠は別棟であるが平屋の100坪 田舎の坪は約4屬任△襪里覗蠹砲任い、資料なども
揃えたいと思うがよからぬ道にはまりそうな気もしている。